私の中の「パンドラの匣」

ココロナビ

先日11月12日は「牡牛座満月」は、空気が冷たくなって湿度が下がったからなのか、月光がとても冴え冴えて、月輪がはっきりとした美しい満月でした。

ひと月前は台風狂騒直後の10月14日「おひつじ座満月」でした。

あの時から、まだひと月、もうひと月…月の満ち欠けは、日々忙しなく活動する私たちに、時の流れを思い出させてくれる…そんな気がします。

牡羊座はホロスコープの中で一番初めの星座にあたり、「はじまり」を意味します。
10月14日の「牡羊座座満月」は、その意味の通り、私にとって「新たなるスタート」となった牡羊座満月でした。

そして2週間後の蠍座新月。
蠍座は、とても深い場所に意識を向けて自身を変容させる場所。
実際に、私自身の深い深い内面が押し出されるように出てきて…今もその状況は進行中。
私の切ないくらいの願望は、決して叶えられることはない事に気付くと同時に、次の扉が開いた気がします。

そして今回の牡牛座は、自分自身の豊かさを象徴する場所になります。
お金や価値観を大切にしたいという気持ちが高まる場所なので、牡牛座満月は「金運アップ」を願うといいとされていますが…

私の場合は、次の扉が開く前に過去の扉も開いていたので、心の底に引き籠った自分のココロが炙り出されるように出ている真っ最中。
子供の頃に感じた、ココロの悲しみ、苦しみ、痛み、そして「叶えられなかった願い」に向き合う作業をしています。
一般にいう「インナーチャイルド」というもの、でしょうか。

確か…昨年の今頃だったと思うのですが、DELIGHT出展の打ち上げで、何の話からのキッカケだったかは忘れてしまいましたが、DELIGHT仲間の亜寿香ちゃんと菊乃さんの言葉を今、思い出しています。

「過去に戻ることはできるのよ。」

当時は何のことだかサッパリ意味が分からず、「この人たちは別の次元にいるのかもしれない…」と思ったものですが(笑)
今ならその意味がなんとな~く分かる気がします。

例えば…子供の頃、転んでケガをした時、誰かに「痛いの痛いの飛んでけ~」と言いながら抱きしめられた時の傷は、直ぐに痛みは言葉の如く消えたと思うけど、「そのくらい我慢しなさい!」と言われた時の傷の痛みって、なかなか癒えないものですよね。

ココロの傷も同じで、我慢した時の傷は、時間の経過によってカサブタになった後に傷は塞がるかもしれませんが、その時の痛みや傷跡は決して消えるものではありません。

そして、残念ながら、地球という「過去・現在・未来」という時の流れの中に身を置いている以上、過去に戻ることはできないので、誰かが私の過去に行って、泣いている私に「痛いの痛いの飛んでけ~」と抱きしめてくれることはできません…肉体的にはね。

今、私の身の内に起こっているような、昔の記憶を思い出す作業は、過去への時間旅行をしているようなもの…
つまり、「ココロという精神世界ではタイムスリップが可能」なのかもしれないなぁと、過去の記憶と向き合うようになってから、感じるようになりました。

自分の記憶は自分の中にしかないので、他者が自分の記憶に触れることはできませんが、自分の過去の記憶ならば、ギュって抱きしめてあげることもできるはず…
辛かったね、悲しかったね、本当はこうしてほしかったんだよねぇ…と、ギュって抱きしめることが出来れば…傷はちょっとずつ消化していけるのではないかなぁ?

消化作業は、ゆっくりゆっくり食んで、細かくかみ砕いて、身に吸収していく作業なので、時間はとても掛かるかと思います。
消化したと思っていたのに、ちっとも吸収されてなくって、お腹壊しちゃうこともあるかもしれません。
けれど…牛さんのようにゆっくりゆっくり、もっちゃりもっちゃりと食んでいれば、堅い葉っぱも消化しやすくなるし、長い腸でゆっくり吸収させていけば、やがて無駄なものだけ排出できるようになると思う(笑)

あぁ…もしかしたら、今回の牡牛座領域という場所は、自分の中のパンドラの匣が開かれて、「自分の中の時間旅行」をする時期だったのかもしれません。
時間旅行の中で、自分の「好き」とも「嫌い」とも向き合って、価値観というものをじっくり味わうの。

折しも「旅」の意味をもつ射手座木星期も終盤。
ゆっくり時間旅行を楽しむことにしましょうか。。。
温かいほうじ茶を啜りながら、猫を膝にのせて思う、秋の夜長でした。

Posted by 六花